記録に残る0.75秒だけの哀愁

母の写真を見ると、ほとんどの場合目をつむっている。一枚二枚ならまあドンマイというレベルなのだが、同じ日に同じような場所で撮影したと思われるものが幾枚も目を閉じていると、底知れぬ恐怖すら感じる。 湖の前で手だけの横で広げて(このポーズもまた問…

鬼滅の刃

久しく映画館に行っていなかった。子どもが小学校に上がるまでは、戦隊もののテレビ番組が大好きだったから、映画版が上映されると連れて行った。仮面ライダーと同時上映で、入り口では来場者限定のグッズがもらえた。地面に足がつかない状態で食い入るよう…

あの記憶

たぶん生きているという実感を持つということは、思い出すことのできる過去があること。現在をきちんと認識できて、その足りていないものを未来への望みにしたり、満足していることはずっと続いていくようにと、考えることだと思う。 幸せだとか悲しいだとか…

見えている範囲にしか、世界は存在しない

「いやいや宇宙人はいるから」 妻の強い語調に驚いてしまった。宇宙人がいるという前提ではなく、いることを確信している妻に驚いたのだ。「え? いないよ」「いない?」「いるにしても、地球には来てないよ」「は? いないってことは絶対にないから。もう地…

犬が、かけてくる

犬が好きだ。まあ猫だって好きだが、犬は格別に好きだ。けれど飼いたいとは思わない。 必ず死んでしまうということ。出会ってから死んでしまうまで、犬はずっとわたしたち家族のことが大好きなこと。だから余計に失ったときの悲しみは強烈であること。そうい…

最後の宴

アルコールをやめて2年が過ぎた。それまでも毎週末はテニスをして、毎日早朝にランニングをしていた。夜食やジャンクフードが厳禁なのはもちろん、ラーメンにピザやパンに揚げ物など、太るといわれるものはなるべく口にしなかったが、体重は標準の中の少し…

明け方のミートソース

夜には痛みが伴う場合もあるが、朝は癒ししかない気がする。だからわたしは朝が好きなのかもしれない。 闇が溶け出すように空が白んで、淡くもろい太陽の欠片が徐々に領域を広げていって、いつの間にか見えなかった遠くのマンションの窓ガラスや電柱に貼られ…

ミルクセーキ

小学生のころ、まだコンビニはなくて近所には二軒の小さな個人商店があった。煙草や酒を前面に出しつつ、菓子類や飲み物に調味料や衣類用洗剤までもが所狭しと置かれている、そんな商店だ。わたしは五百円玉を握りしめて、店までの二百メートルほどの道のり…